2012年05月11日

娘にとっての、母親としての私は?

娘のAmiを保育園へ迎えに行ったとき、仲良しの一人、SKちゃんと鉄棒で並んで遊んでいた。何とはなしに、今日、初めて行った保育園の畑での様子を聞いてみた。

SKちゃんがハキハキと答えてくれるので、これまた何の気なしに、Amiの様子を見ながら、SKちゃんと会話を続けた。SKちゃんの話題はピアノの話に一旦飛んだ。Amiもピアノを習っているので、話を振ったけど無反応。SKちゃんの話がまた畑のスイカの苗の話に戻ったところで、Amiがキレた。

鉄棒のしたの地面に座り込み、ウーッと唸り始め、腰をクネクネさせ、伸ばした足をジタバタ。しゃがんで目の高さを合わせようとした私の足をキック、キック。う、ううーん、ううーんと唸りながら、顔を歪めてる。まず、理由を聞いてみたけど答えないので、私がSKちゃんとばかり話していたのが嫌だったのかと聞いたら、頷いた。

この後、地面に仰向けに寝転がって泣き始め、抱っこも何も受け付けず、場所を移動しながら、数十分泣き続けた。保育園内では初めてだったかも。

自分が母と話したかったのに、他の子にタイミングを奪われてしまった。二重の意味で悔しかったんだと思う。
一つめは思い通りにならなかったこと。
二つめは「お母さん」が他の子を優先したこと。

一つめは、5歳児としては、たぶんアスペルガー的な感じ方。
二つめは、一見、定型児でもありそうなんだけれど、「自閉っ子、こんな風にできています!」を読んだ私は、ちょっと待て、と思う。

アスペルガー症候群の成人当事者である、ニキ・リンコさん(「片づけられない女たち」の訳者)と、藤家寛子さん、花風社社長の浅見淳子さんの対談本、「自閉っ子、こういう風にできてます!」
自閉っ子、こういう風にできてます!

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もしかして、Amiはこのとき、私がSKちゃんの担当(みたいなもの)に代わってしまうかもしれないという危機感を抱いたとか、そういうことはないんだろうか?

Amiは私を特別な存在だとわかっているんだろうか?

例えば、入院前の藤家寛子さんがそうだったように、「母親の役をやっている人」と思っているとか。で、あの時、SKちゃんと仲良く話すのを見て、「お母さんが、今度はSKちゃんのお母さんになっちゃうんじゃないか」と思ったなんてことは、ないんだろうか。

そういえば、Amiは眠るとき、私が一緒にいないと寝付けない。そして、うっかり深い睡眠に入る前に、私が布団から出ようとすると、起きて引き留める。

夜中、睡眠が浅くなったとき、ふと私がいないことに気づくと、泣く。

朝も、起きて何かしたいなら、Amiがまだ熟睡している間でなければならない。眠りが浅くなっているときに寝室を出ようとすると、起きて止められる。

引き留めるときは、いずれも、泣く、喚く、なので、夜→朝の間は、騒ぎにしたくない一心で、娘の意にしたがって、また添い寝することになる。

SKちゃんとの話と、添い寝の話、自閉っ子の本の話がどう繋がっているか?

Amiは私をどういう人だと認識しているのか、気になるのだ。

マジックハンドだとか、自分のからだの延長だとか、そこまでの誤認はしていないのはわかっている。

私のお腹にいたことがあって、私から生まれたということは、理屈ではよく理解しているはず。でも、どうもAmiは、私のことを、

ちゃんと捕まえておかないと、
 他の人のものになるかもしれない人
 自分を置いてどこかへいってしまうかもしれない人
というイメージを持っている気がする。

実際にはどういうイメージを持っているんだろう?
知りたい。それは成長とともに、自然に修正されるものなのだろうか?

兼田絢未さんの著書「親子アスペルガー」では、
息子さんは幼児の頃、保育士さんが仕事で自分を可愛がってくれる、昼間の担当の人で、お母さんは、お母さんという仕事をしている人で、夜が担当の人だと思っていたけど、小学生になった今は、自分だけの特別なお母さんだとわかったと話してくれたそうだ。
親子アスペルガーマンガ版

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ニキ・リンコさんにしても、藤家寛子さんにしても、兼田絢未さんのお子さんにしても、誤解の幅の差はあったとしても、我が娘もにたような傾向のご認識があるかもしれない。

客観的に見れば、興味深いけれど、当事者としては、悩ましい話だ。

そして、こうした誤認識は、家族についてだけでなく、この世のありとあらゆるもの、すべてについて、何かしら持っているのだろう。しかも本人はご認識かどうかの疑問も持たないし、周りも食い違いがはっきりするまで気づけない。

ああ、どうやって、このご認識を修正してやればいいのか。

せめて、親の言葉によって、誤学習するのは最小限に留めたい。

ああ、毎日こんなこと考えてたら疲れるよな。
posted by プルーン at 23:17| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | アスベルガー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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