2012年03月25日

娘の診断に踏み切ったキッカケ

生まれたときから育てにくかった娘、Ami。それでも、登園拒否や園の行事で固まってしまうようなことがあっても、それほど普通と違うとは思わなかった。子育ては初めてだし、昔と違って、近くにたくさん子どもがいるわけでもない。40歳という高齢で出産したので、親しい友人たちの子どもはもう中高生で、比較のしようもない。

個人差、気のせい、小さいから、神経質。まぁそうなんだろうな、と思うしかなかった。臨床心理室にも通っていたし、大きくなれば、とも思っていた。

それが、何故、診断を受けて療育センターに通うところまで進んだか。ここ数ヶ月が怒濤の日々過ぎて、キッカケを思い出せなくなっていた。でも、3月20日の記事を書いていて思い出した。

義母だ。2011年10月8日、Amiの運動会での義母の言葉からだ。

皆の前でお遊戯が苦手なAmi2歳児までの乳児クラスのときは、運動会では親子競技しかなかった。3歳児になると、運動会ではダンス、スポーツ教室でやる平均台やかけっこに出る。3歳児のときは、かけっこもスポーツ教室も先生に手を引いてもらう子は他にもいたし、ダンスもピクリとも動かない直立不動というのはどうかとは思うものの、まぁ、他にも目立って変わった様子の子もいたので、緊張してるんだな、大きくなればそのうち慣れるだろうと思っていた。クリスマス発表会でのダンスも見事に直立不動で、ボーッとたっているだけというのは、そのほうが恥ずかしいとわかれば、そのうちやるだろうと思っていた。

4歳児の運動会。今年は練習が始まった頃は、ものすごく張り切っていて、ゆずの「スマイル」を唄いながら、結構上手に要所要所でビシビシッと形が決まったダンスを家では披露してくれて、「今年は期待できるかも」と思っていた。ところが、日程が近づくにつれて、だんだん保育園へ行くのを嫌がるようになった。先生に聞くと、リハーサルが始まって、他のクラスの子どもが観客になると、踊れなくなると言う。観客なしでなら楽しく練習に参加するらしい。

元々、Amiの保育園は自主性と個性を重視する方針のようで、何の練習でも、何となく先生が始めて、園児たちが自らやり始めてだんだん形になっていく、という練習の仕方をすることは、昨年の登園しぶりの間、午前中の様子を見ることがよくあって、知っていた。先生がああしなさい、こうしなさいと厳しく言うことはない。それで何故か、結構まとまって年長さんは、かなりちゃんとした組み立て体操なども形にしてしまう。子どもはビシビシやらないといけないなんて嘘だ。Y式みたいに泣かせなくたって、皆、卒園までに跳び箱は飛べるようになっている。皆が跳び箱ができるって、すごいよね?

そんなわけで、園から無理強いされる訳じゃないし、多少、苦手でもやらせるだけは、と軽く考えていた。

でも。

当日のダンスと鼓笛を見て、私はすごく不安になった。

直立不動なだけじゃない。本当に動かない。ダンスは年齢別でやるので、同じ年齢の子たちが全員参加して、踊りながらフォーメーションを変えて、前の列と後ろの列が入れ替わったりするのだけれど、一切、動かないのだ。邪魔になろうが、なんだろうが。これは、いくらなんでも変だと思った。泣いて逃げ出すとかしゃがみ込むならともかく、正面から来る友だちと入れ替わらないといけないところでも、脇へ避けることもなく、動きの邪魔になっても微動だにしないなんて、いくら4歳児でもあり得ない。どうしたもんかなぁ、と内心、頭を抱えていた。

義母も毎年、運動会とクリスマス発表会は見に来る。私が心配事を口にすると、何を言われるかわかっているので、Amiのダンスについて、何も話さなかった。すると、
「心配ない、そのうち、ちゃんとできるようになる」
「しっかりしなさい。貴女も病気は治ったんだから、元気なんだから!頑張らなきゃ。お母さんがしっかりしてないと、子どもに伝染る!」
と言ってきた。いきなり。

はぁ?私、心配だなんて言ってませんけど?うつ病はまだ治ってなくて、薬を飲んでるから大丈夫なだけですけど?それでも別にしっかりしてない訳じゃないし、元気にしてますけど?うつ状態が伝染るような接し方もしてません。
自分が心配してるんじゃん。それが私の病気のせいだって、言ってるんじゃん。
「私はね、すぐ相手のことばかり考えちゃうの。自分のことは後」っていうのが口癖だけど、そんなの嘘ばっか。本当は「相手から自分がどう見られるか、そればっかり気になるの。だから、婉曲な言い回しをするの」でしょ。思いっきり「嫁の育て方が悪い、気にしろ」って言ってるようなもんじゃん。

もちろん、面倒だから、その場はハイハイと黙って聞いていた。私が心からの賛同を示さなかったので、クドクド言われたけど、反論するのも無駄なので黙っていた。それより、具体的な対策を考えなければいけない。

考えているうちに、いつも頭にあったことを思い出した。

Amiは10ヶ月のとき、保育園で過ってパン粥を三口ほど与えられ、アナフィラキシーを起こした。園の過失だけれど、その後の対応が素晴らしく、危ういところだったものの命は助かったので、それはもう過ぎた話。そのとき、車ですぐ近くの大学病院の分院へ運んでくださり、それ以来、家からも近いこともあって、Amiのかかりつけになった。ただ、そこは大学病院。2歳半の時、主治医が代わった。新しい主治医は、1度めか2度めの診察で電子カルテに、「ややこだわりあり」と入力していた。私はすぐピンと来るものがあったけれど、医師のほうから何も切り出されないので、何も聞かなかった。でも、頭の隅にはずっとあった。主治医はとにかく研究熱心で、医学的なことはもちろん、子どもの気持ちをつかむことにまで一所懸命な人。Amiも大好き。

次の診察のとき、早速聞いてみた。
「カルテに書いてある『ややこだわりあり』って、もしかして発達障害とか……そういうことですか?」
「まぁ、そういう傾向があるかも、っていうことですね……」
意外にもあっさり仰った。
「そういう場合、検査とかって、何歳くらいから、どこで受けられるんですか?」
と聞くと、
「もうできますよ。ここでも、IQはお知らせしない、診断名はつけない、ということでよければ、臨床心理士と相談しますが」
ということだった。
その日は一旦帰り、次の診察日11月8日に検査の予約をした。主治医からは何となく、我が意を得たりという様子が感じられ、それが私には心強かった。臨床心理相談室では、発達障害の話はほとんどタブーになっていたし、ツイッターでも否定的な意見をもらっていた。何となく「我が子を発達障害と疑うことはいけないこと」という空気をいろいろなところから感じていた。

そして、2週間後の11月22日、初めての発達検査を受けることになった。
posted by プルーン at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | アスベルガー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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