2012年03月10日

Sちゃんとのこと

途中、もう大丈夫か、と思って臨床心理室へ連れていくのをやめたら、また登園を渋るようになった。再開すると、また行けるようになった。

Sちゃんとのトラブルは依然として続いていた。
主に離れていくAmiの関心を引くための意地悪。
年中になってから、迎えに行ったとき、2回、目にした。

1度は、Amiの制服のブレザーもボタンが一つ取れたのを、取り上げて返さなかった。片手の手のひらを見せながら、
「持ってないよ」
と言うけど、もう片方の手は後ろに回しているから、持っているのは明らか。でも、こちらも調子を合わせ、
「Amiのボタン、一緒に探してくれる?」
と言ってみた。
すると、Sちゃんは、パッと反対の手に素早く握り直して、さっきまで握っていた手を広げて見せた。
「持ってないよ」
そう言って、園庭の反対端にある滑り台の上へ逃げて行った。
???
そこで持ち変えたのを大人が気がつかないと思うところは子どもだけれど、やってることは、子どもとは思えない……。

もう、私が一人で対処すべきではないと判断し、側にいた先生に事情を話した。先生がSちゃんを説得するも、なかなか返さず。Amiはもう、最初から泣いている。

しばらくして、父親が迎えに来ると、やっと先生にボタンを返し、父親に飛び付いた。そこで先生が事情を説明していた。私は泣きじゃくるAmiを抱き、声をかけようと思えばかけられる、でも声をかけなくても不自然でない距離を保ちながら、父娘の前を通り過ぎた。
案の定、父親からは、会釈の一つもなかった。

2回目は、登り棒に上れるようになった娘が、上るところを見せたいと言うので、見ていた。すると、横にSちゃんがやって来て、Amiが登っている棒をグイグイ押してきた。下は固定されていないので、だんだん斜めになって、登っている方は怖い。押し留めながら「危ないからやめて」と私が言っても聞かない。Sちゃんは隣の棒に登りながら押してきているので、これ以上押し止める力を込めると、Sちゃんの方も危ないので、私は大声で先生を読んだ。

先生が説得して止めさせてくれた。膝に抱いて諭そうとしていた。
そして、ちょうど迎えに来た父親のところへ、
「パパにお話ししないといけないね」
と言って、保育士さんが抱いて連れていった。
何となく、その流れで一緒に行ってしまった。

父親は説明を聞いたけれど、ヘラヘラ笑って、娘を抱き上げるだけ、こちらに目をやりもしない。ここで私はぶちきれた。キチンと謝れとは言わない。せめて顔を見て会釈くらいするんじゃないの?もう黙っていられなかった。
「あのぅ、こういうとき、私がSちゃんの母親なら代わりにAmiに『ごめんね』と言うと思うんですけど」
と、年配男性(Sちゃんの父親は恐らく50代半ば過ぎ)が傷つかないよう、精一杯、配慮したつもりだった。

ところが。

「なんだとぉ!?見てなくて事情もわからん(いや、説明聞いてたでしょ)のに、謝れっていうのか?え?どういうことだ?おい!」
と、ドスの利いたおおきな声で凄んできた。よくドラマや漫画でチンピラが、「何だと、お前?表へ出ろ!」というときと同じような口調と態度で鼻先数センチまでにじり寄ってきた。
確認するけど、ここは園庭。子どもたちがいるのに非常識。と、思いつつ、怯んだと思わせたくなくて、怖かったけれど、後に引けなかった私。
まっすぐ目を見たまま、
「事情がわからないって、いま、先生からお聞きになったでしょう。だいたい、謝れなんて言ってません!」

火花が散ったところで、先生がまぁまぁと間に入ったので、今度は矛先が先生に。
「ここは犯人探しをするのか?」
いや、全然問題が違うって……。

私はAmiを連れてその場を離れ、園長先生を呼びに行った。そして、園長先生がSちゃん父を諌めて、やっと収拾。

それからも、二人の自主性を大切にして、極力、保育園からの働きかけはせず、トラブルになったら対処するということで、過ごしていた。

でも、あるときから、またSちゃんの自分勝手な振舞いが目立つようになり、毎晩、毎晩、寝るときにSちゃんが嫌だ、Sちゃんが嫌だ、と言うようになったAmi。

残念だけれど、子供の友達関係であっても、ここは親がコントロールするしかないと判断。
「保育園の趣旨とは外れているかもしれませんが、極力、二人が関わらないように気をつけてください」とお願いした。
この作戦は功を奏し、だんだんSちゃんと離れて遊ぶようになった。Sちゃんは相変わらず、Amiに嫌なことを言ってきたりはするようだけど、束縛はなくなったし、集中的にやられるわけでもなくなった。Ami自身も自分で「やめて」が言えるようになって、落ち着いた。

落ち着いたのは、2011年の秋。2010年6月から、なんと1年以上。障害がわからなかった当時でさえ、親のいないところではでは大人しいAmiには苛酷だと思っていた。今、どんなに辛かったか考えると、更に胸が痛む。

Sちゃんも2012年3月の時点ではずいぶん落ち着いている。
でも、相変わらず問題が多い。他の子とのトラブルはしょっちゅうで、別の口が悪くて気の強いYちゃんとやりあって、両手で頬を挟んで腫れ上がらせたこともある。

友だちを泣かせて、先生に叱られると、先生がいなくなってから、その友達の頭をパチンと叩くようなこともする。(Amiの話から、先生に確認済み)Amiにはそういうことを見るのもストレスらしい。

でもね。その程度のことは、これからいくらでも起こるから、Amiも慣れていくしかないんだよな……。

Sちゃんのことも、心配。1対1で話せば、普通に話が通じるし、頭も良さそう。絵も上手だし。でも、Amiに限らず友達とうまく遊べないし、気に入らないことがあると怒ってどこかへ行ってしまう。Amiのように発達障害なのか、父親の接し方の問題なのかわからないけれど、なんとか今のうちに、適切な指導が受けられるといいのだけど、と他人事ながら思う。

障害の有無に関係なく、あらゆる子どもたちに、それぞれその子に合ったサポートがほしい。親だけで子を育てるのは難しいし、古来、人間はコミュニティで協力しあって子育てをしてきたはず。そこには父親や祖父の姿もあったはずだ。各家庭に籠って、母親だけで子育てをするようになったのは、戦後のこと。母親だけに子育ての責任を負わせるのは、日本の伝統ではない。

「母親だけでは無理だから、祖母も一緒に」
というのは安直だからね。
父方であろうと母方であろうと、いるほうが迷惑な祖母も多いし、密室であることに変わりはないから。
posted by プルーン at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 保育園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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