2012年07月24日

出産前後と夫の反応(2006年10月11日)

産後すぐ、娘が脱水で高熱を出して別の病院のNICUに入り、いろいろ動いてくれた夫。それで、一時的に忘れたのだが、実は出産当日、既に、「ああ、この子は私一人で育てなきゃいけないんだ……」と覚悟した出来事があった。

助産院での自然分娩を予定していた私。
予定日が過ぎても、赤ちゃんが自分で出てきたくなるまで待つ、という方針の元、毎日、助産院に通った。
一週間近くたった頃、定期的に微かな痛みが来ては消える繰り返しが続いた日があり、助産院に一泊したものの、 何度か陣痛計が大きく動くことはあっても、また治まってしまい、家に戻るということがあった。

予定日から10日めの10月30日、とうとう助産院の経営母体である産婦人科クリニック受診を指示された。クリニックでの内診とエコーの結果、仙骨の傾きが悪くて参道が狭いから、出てこられないのかもしれないということだった。

それでも、助産院での出産を希望していたのがわかっているからか、なるべくなら自然分娩に近い形でとは考えてくれたようで、翌日一日入院して、陣痛促進剤を飲んでみて、陣痛が来れば助産院に移動して出産、ダメならまた考えましょうということになった。

翌朝、夫も一緒にクリニックへ行き、説明を受け、夫は会社へ行った。そういうときや他の病気などのためにあるらしい4人部屋に入院。同じ助産院で、やはり陣痛がつかない人と一緒だった。二人ともNintendo DSを持ち込んでいたので、同じように数時間おきに陣痛促進剤を飲み、一定の時間が過ぎると陣痛計をつけ、お喋りしたりソフトを交換しあったりして過ごした。夕方近くになって、陣痛がついた彼女は、助産院に戻っていった。

結局、私には陣痛は来なかった。

翌日の診察時、付き添いが誰もいない私を医師は怪訝そうな顔で見ながら、「ご主人は?」と言った。会社に行ったと言うと半ばあきれたような顔をした。私自身、今日帝王切開になったとしても、時間前に着けばいいと思っていたので、その時は、不審そうにされたのが意外だった。診察の最後に、これだけ陣痛が来ないし、エコーからすると産道より頭が大きくて出られない可能性も高い、15時に帝王切開にしましょうと言われた。私のような場合、点滴の陣痛促進剤を使うと、最悪、子宮破裂という大惨事になりかねないということだった。

この期に及んでも、夫の到着については慌てなかった私に、医師と看護師の両方から、すぐ来てもらうようにと急かされて、やっと電話をした。どうも、昨日の時点で夫はずっと付き添っていて当然だったらしい。

今考えれば、それはそうだ。陣痛促進剤を飲んでるわけだから、ちゃんと効けば入院した10月31日のいつ生まれてもおかしくないわけだから、立ち会いの希望がなかったとしても(我が家は私の希望で立ち会い)、付き添って待つのが当然だろう。でも、夫は会社に戻って仕事 、翌日も普通に会社へ行った。

夫にすぐ、電話した。「手術は15時からだけど、できるだけ早く来てって」と言っても、「え?すぐなんて無理だよ。15時からなんでしょ?なんでそんなに早く行かなきゃいけないの?」 という反応。心配じゃないわけ?私はぶちキレた。

「あのさ、出産は一大事なんだよ!?お腹の子にとってはたった一回しかないことなんだし!すぐに来れないって、どう言うこと!?ゴチャゴチャ言ってないで早く来て!!」

夫が到着するまでの間、浣腸され、静脈確保され、陣痛室の隣で待つことに。涙が出て仕方がなかった。最初から帝王切開と決めていたり、それしかないとわかっていたら、この時点で嘆くことはなかったと思う。ただ、私の場合、助産院の畳の部屋でフリースタイルの出産を予定していた。

自分が母との関係が最悪だったので、母子感の愛着形成に役立つと言われることは何でも試してみたかったのが、自然分娩を希望した理由。それでいろいろ調べると、助産院でなるべく医療の手を借りない出産方法、というのにひかれていった。一時期問題になっていたホメオパシーとかはやっていない助産院で、ビタミンK2シロップを飲ませることは確認した。免疫の検査ももちろんするし、万一の時は、クリニックの医師が飛んできてくれる。なにせ目と鼻の先だから。

会陰を裂傷することが少ないと言うのも魅力の一つだった。病院で産むと、予後を考えて必ず切開すると聞くから。切るときの痛みは、陣痛の痛みが凄すぎて感じないらしい。でも、私が嫌なのはその後。座れない、しみる、そういう状態が続くのが嫌。恒常的にある鈍痛というものに弱いらしい。

究極の自然に近いお産から、陣痛促進剤を使った上に帝王切開という、医療を使い倒す出産への転換。気持ちがついていかなかった。嗚咽をこらえきれないときもあり、看護師さんや助産師さんに慰めてもらったけど、彼女らはきっと帝王切開を怖がってると思っただろうなぁ。

手術は全然怖くなかったんだけど。評判のいい産院だし、外科的な医療には、わりと信頼を持っている私。全身麻酔で鼻の手術をしたこともある。腰椎に射つ下半身麻酔の注射の痛みは怖かったけど、それ以外の不安はなかった。

私の怒りが通じたのか、思ったよりは早く到着した夫は、そわそわと落ち着かず、4人部屋から産後用の個室への荷物の移動など、スタッフに促されてするも、いろいろどんくさい。

何だかんだと時間が過ぎ、よていの15時には手術室に入った。帝王切開でも夫は立ち会える。滅菌処理された手術着を着て、頭には髪を覆うための大きな帽子。緊張で固まっていて、

目も合わせようとしない!
声もかけてくれない!

これは後で気がついた。私もこれからの手術のことを考えて、それなりに緊張していたと思う。違和感はあったけど、これだったのか!と今気づく。

海老のように丸まって、腰椎に注射。あれ?最初の軽い麻酔の注射針のチクッはあったけど、あれ?もう終わったの?っていう感じだった。痛くなんかなかった。まったく。どうも、ここのもう一人の医師は、麻酔がすごくうまいらしい。

手術が始まると、助産院から駆けつけてくれた助産師さんが、頭の上にいてくれて、ずっと励ましたり、中継してくれたり。夫はといえば、指示された通り、私の顔の右側に座って、手を握ってはいるものの、顔はお腹に向いて(実際は青い幕で遮られて術野は見えない)いて、目を合わせるどころではない。ガチガチに緊張している。

前にもにたようなシチュエーションがあったような、と思ったら、結婚式だった。特に披露宴。歩くのもぎこちなく、ロボットのようで、やはり、顔を見合わせることもできなかった。キャンドルサービスでは、ドアにはいる前に進む方向を指示されたけれど、それ、絶対間違える、と私が思った通りの間違い方をして、私がこっちこっちと、引っ張らなきゃならなかった。その様子までビデオに収まっている。

生まれた後も、産湯を使うのを見に行くのが精一杯で、そこからは、それまでクリニックのスタッフが撮影してくれていたビデオを返してもらい、生まれたばかりの娘を撮影するのに必死で、一切、声かけはなかった。お疲れさまもありがとうも、よかったね、もなし。

因みに、夫は帝王切開に立ち会ったことも、産湯を使ったときにそれをビデオ撮影していたのが自分だということも、今ではすっかり忘れている。何故?

それでも、病室に帰って、我が子を抱き、それまでは一度も見たことのないような、嬉しそうな笑顔を見て、私は幸せだった。産んで良かったと思った。

その瞬間だけが、娘を産んで以来のたった一つの夫に関するいい思い出だったような気がする。この日は、まだ終わりではなかった。
posted by プルーン at 13:11| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 大人のアスベルガー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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