2012年03月16日

親(大人)としての振る舞い

3回目の療育のとき、待合室で悲しい場面に遭遇してしまった。

その日は、定型の子が多いであろう保育園の入園前健診があるということで、待合室には赤ちゃんも子どもも結構沢山いた。

待合室には、大人向けの本や、子ども用には絵本、玩具も豊富に揃っていて、子どもたちは靴を脱いで自由に遊ぶことができる。

療育が終わって、バスまでの時間、Amiをそこで遊ばせ、私はソファに座って、備え付けの「光とともに」を読んでいた。

赤ちゃんの泣き声がして、ふと顔を上げると、すぐそばに4,5歳の男の子の後ろ姿、その延長に泣いている赤ちゃんを手で支えるお父さんが、ものすごく怖い形相で男の子を睨み付けているのが目に入った。私でも怯みそうな恐ろしい顔だった。
次の瞬間、
「この子が何かしたか?」
と、怒声がお父さんの口から出た。
大きな声ではないものの、明らかに脅しが入った口調。般若の形相をしてこんな声で威嚇されたら、幼児なら定型の子でも身がすくむだろう。

男の子は自閉症スペクトラムのどこかに属する子のようだった。そばにいたお母さんも、何が起こったのかわからなかったようで、ひたすらそっと「ごめんねって」と何度も男の子に働きかけるのだが、それは無理と言うもの。お母さんにしても、流血沙汰が起こったかのような勢いに、動転したんだと思う。

話を聞いていると、どうもプラスチックでできた高さ40cmくらい、直径30cmくらいの螺旋状のタワー(ボールを転がして遊ぶ)を、男の子が押してしまって、赤ちゃんのおでこに当たってしまったらしい。

赤ちゃんは痛いよなぁ、確かに。

でも、そういうときはまず、抱っこしておでこを撫でてやるのが先じゃないの?赤ちゃんは謝ってもらったって、何の慰めにもならないよ。つかまり立ちがやっとなんだもの。

そして。「あー、やっちゃった」っていうときの幼児に詰め寄ったって、何の解決にもならない。自閉系の子はもちろん、謝るのはすごく苦手だから、「あー、ヨシヨシ」の一拍をおいた後、静かに諭しても、謝らせるのは難しいと思う。でも、定型の子だって、小学校低学年くらいまではこういうのは効果がないと思う。萎縮させて恐怖感を抱かせるだけだよ。

要するに、このお父さんは、自分の「持ち物」に傷をつけられた怒りをぶつけただけ。

さらにその赤ちゃんは、災難なことにまた帰り際に別の子に、持っているものを取り上げられたか何かして泣かされていた。そのときも、お父さんは怒りを露にするだけで、自分の子のケアは全くなし。抱き上げてやれば、すぐに機嫌が直りそうなことだったのに。

お父さんは、髪がほとんど残っていなかったので、老けて見えただけかもしれないけど、40は過ぎている様子。お祖父ちゃんだったのかも。

最初の男の子とお母さんは、センターの職員による何とも歯切れの悪い仲裁で救い出され、別の場所でケアしてもらったようだ。赤ちゃんはもちろん痛かっただけで無傷。

この事件の直後は、自閉症スペクトラムは理解されにくいんだなぁ、困るなぁ、という感想だった。

でも、時を置いて考えると、赤ちゃんのお父さん(おじいちゃん?)の人間としての未熟さが悲しくなった。親になる資格がないんじゃないの?と言いたくなる。自分の子のフォローもできないで、よその子に怒りをぶつけるだけなんて。

そういう親に育てられる赤ちゃんが、可哀想になったし、そういう風に育った子達とAmiも渡り合っていかないといけないかと思うと、気が滅入る。どうか、こういう親は、少数派でありますように。赤ちゃんが素直に育ちますように。
posted by プルーン at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アスベルガー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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