2012年03月09日

登園拒否の本当の理由(2010年)

娘を連れての2回目のカウンセリングで、遊戯療法の意味について聞いてみた。
1時間と時間を区切って、遊ばせる。好きなようにさせているだけに見えて、実は、とことん子どもに自信を持たせるように仕向ける、ということのようだ。できたら誉める、アイデアを誉める。「自分は価値がある」という自己肯定感を持たせるのが目的、とのこと。自己肯定感が育てば、いろいろ上手くいく。親では、なかなかできないこと。

その甲斐あってか、Amiは保育園での出来事を、いろいろ話してくれるようになった。そこで、やっと、保育園に行けなくなった理由が見えてきた。

「Sちゃんとばっかり遊ぶの嫌だ」
「他のお友だちとも遊びたい」

え〜?
毎日のように、Sちゃんの名前が出ていたから、てっきり仲良しなんだと思っていたから、違うの?と思った。本当にびっくり。
よくよく聞いてみると、Sちゃんが嫌いになったわけではなく、他の友だちとも遊びたいだけらしい。ただ、Sちゃんが独占欲が強くて、他の友だちのところへ行こうとすると止められるらしい。しかも。他の友だちがAmiを誘いに来ても追い払うと言う。( ̄▽ ̄;)ガーン!Sちゃんも一緒に他の子ともっていうのも無理らしい。

何それ?小学生女子並みの人間模様が、保育園年少で?

何日かに渡って、やっと聞き出した、Amiの悩み。今まで話せなかったのは何故なのかわからないけど、遊戯療法のおかげで、打ち明けることができたとしか思えない。

すぐに保育園で、園長先生と担任の先生に聞いてみた。確かに、そういう様子は見られると言う。
わかってたの?
そんなに大きな問題だとは思っていなかったみたい。
更に、二人いる担任の若いほうの先生がポロッと
「Amiちゃんを通じて、Sちゃんも他のお友達と遊べるようになるといいと思っていたのですが…。」
園側の思惑を漏らしてしまった……。

実は、Sちゃんは年少で入園してきた、問題児ちゃん。
保護者懇談会のとき、お父さんが自分で、
「今までに3回も勝手に家を抜け出して、警察のお世話にもなった問題児です」
と言うくらいの子。
皆で集まって先生の話を聞くというときもじっとしていられず、一人だけ好き勝手なことをしている。自分の思い通りにならないと手が出る。口も悪い。
当時は発達障害のことはあまりわからなかったから、ADHD傾向なんだろうけど、親のしつけの問題じゃないかと思っていた。父親が自分の子を公衆の面前で「問題児」と言ったり、3歳までの間に3回も勝手に抜けださせるなんて、あり得ないと思った。今ならSちゃんもアスベルガーなのかもとは思うけど、それにしても、父親の態度はちょっとおかしい気がする。

順番が前後して、ややこしいんだけれど、元々、Amiには1,2歳児クラスのときから、Mちゃんというママ共々の仲良しがいたのだ。Mちゃんに弟が生まれるため、4月からママと一緒に県外に里帰りしてしまった。その間に、Sちゃんと仲良くなったのだ。

Mちゃんがいなくなって、新しく友達関係を結ぶのが難しかったAmiと仲良くなったSちゃん。途中の保護者会であれ?とは思ったし、普段の様子からもSちゃんのことは問題がありそうだとは思っていたけれど、そのときはAmiに障害があるなんて思っていなかったし、ここまで拗れるなんて予想もつかなかったから、私は私で、Amiが仲良くしたい友だちにケチをつけるのは親として正しくないと思って黙っていた。

それに、親としてはあまりよくない態度かもしれないけれど、私は、自分の子どもさえよければ、という風には、どうしても考えられない。Sちゃんはどうも家庭的に恵まれていないようだし、Amiと仲良くすることでいい影響があるといいと思っていた。登園拒否の原因になっていると知るまでは。

言ってみれば、私の考えも園と同じだった。私自身は気が強くてよほどのことがなければめげない性格だから、Amiも大丈夫だと思い込んでいたのかもしれない。AmiがSちゃんと仲良くできるなら、それもいいと思っていた。甘かった。

園の対応には、かなり腹が立つ。たまたま思惑が同じだっただけで、私は園での実態を知りようがない。Amiをスケープゴートにするなら、もっときめ細かくチェックしてほしかった。とはいえ、ここでコトを荒立ててもいいことはないし、この若い先生は、園ではいちばんの有望株として私も期待している先生。こんなミスを親から指摘して上の先生から叱られて潰れないでほしい。というわけで、これまで通り、無理をお願いして申し訳ないけど、なんとか協力してほしい、という姿勢を保ちつつ、園と相談を密にしていくことにした。

保育園とのやり取りにおいて、「こうするべき」「こうしてほしい」と要求する姿勢、あるいは、「こういうやり方はおかしい」という非難する態度で望むのは得策ではないと思う。「協力をお願いする」という姿勢で望むと、案外上手くいくことって、他の場面でもよくあることだと思う。ものは言い様、大事なのは結果。

よかったのは、この園は元々の保育方針が、園児一人一人の個性を重視して、のびのび育てることであること、障害児などの受け入れに積極的であること。これは自分の子に障害がないと思っていたときから、良いことだと感じていた。Amiには、障害のある人ともない人とも自然に関われる人になってほしかったから。

そして、もう一つ。園長先生は、Amiの親である私たちはに対して、気持ちの上で劣勢にある。何故かというと、Amiの小麦アレルギーが判明した後、園で誤ってパン粥を食べさせてアナフィラキシー起こさせたことがあるから。適切な処置のおかげで命は助かったけれど、遅れていたら危なかったそうだ。当時の園の対応は誠実で、文句の言い様もなかったけれど、訴訟沙汰にしてもおかしくなかったことは、園長先生は自覚なさっているようだ。
行事に出るお菓子から何から、しっかり配慮してくださる。また、その経験から、アレルギーの子どもの受け入れにも力を入れてくださっている。

こういう気持ちの優位性は、利用するしかない。結果的には、Amiが命を賭けて勝ち取った立場と言えなくもないから。もっとも、Amiがあのとき死なずに、今生きているから言えることだけど。

その後も、Sちゃんとの摩擦は、2011年の夏ごろまで延々と続いた。大きめのトラブルも絶えなかった。
登園拒否はなくなったけれど。2つしかないクラスの移動も考えたし、食物アレルギーがなければ、転園もやむなしというくらい悩んだ。

ともかく、Sちゃんとのトラブルを、やっと親と保育園が認識したわけだ。
これが、Amiの登園拒否の本当の理由だった。

トラブルがなくなった訳ではないのに、登園できるようになったのは、遊戯療法による効果で、AmiがSちゃんにNoを言えるようになってきたからのようだった。
posted by プルーン at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 保育園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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