2012年03月08日

遊戯療法の劇的な効果(2010年7月12日)

臨床心理室での初回の相談時に、「遊戯療法をする臨床心理士の都合を聞いてから、連絡します」と言われて、後に電話で決まった日程が2010年7月12日だった。

担当してくださるのは、本当に若い、私から見ると可愛らしいお嬢さん、といった風情の臨床心理士さんのH先生。

玄関から、部屋へ移動する間に、S先生(経営者である80近いかもしれない老婦人の臨床心理士さん)が言った。
「最近のお母さんはね、発達障害と診断されるとホッとなさるんですって」
その口調は、明らかに母親を責めていた。私は母親のそういう気持ちはよくわかるので、かなりショックを受けて、何故なのか聞くのが精一杯だった。
「診断されると、お薬が出るの。それを飲ませれば済むと思うみたいよ」
予想外の答えに、そのことについては何も考えられなくなった。薬で解決するんだろうか?解決するなら、それの何が悪い?自分の育て方に問題がないとわかった上に、治療できるのがわかってホッとしてはいけないんだろうか?その薬で子どもに悪影響でも?疑問は浮かぶのに、「この人に聞いても意味ないよ」と、私の第六感が言っていた。その勘は正しかったと、今は断言できる。


1回目の遊戯療法は、初回相談のときに改めて通されたのと同じ部屋。Amiはその部屋の玩具でH先生と遊ぶ。慣れるまでは私も同室のテーブルでカウンセリングを受けることになった。

娘の心配事については、初回でほとんど話尽くしていたので、私は自分のことについて話した。うつ病を再発させないため、娘との関わりかたが悪いなら、改めるため。

娘を育てながら、私は自分の生育歴の嫌なことを追体験していた。
うつ病で寝込んでいたときも、シッターさんの元で泣いている娘の声を聞きながら、何故か「お母さん、早く側に行ってやって。泣いてるでしょう」と、寝室にいながらボーッとした頭で考えていた。当時もカウンセリングのときもわからなかったけれど、このとき、私は妹が生まれた直後の気分だったようだ。ずっと後に、ツイッターで気づかせてくださった方がいた。
それ以外は、娘と自分自身を重ねて、こういうことはされて嫌だったからしない、これはしてほしかったからする、というように、Amiに接していた。もちろん、うつ状態が落ち着いてからは、Ami自身の欲求や個性を見極める努力も忘れなかった。私とAmiとは別の人格を持つ人間だから。

というわけで、私の話は、自分の生育歴、事実上縁を切ってしまった親や弟妹の話、夫との関係について、そして、Amiとの関わりで考えたことなど。

遊戯療法は、Amiにとっては楽しいらしく、いつもなかなか帰りたがらなかった。何度、促してもなかなか帰れない。初日からそうだった。
「ここが楽しいということは、ここが必要だということね。大丈夫になると、退屈になるのよ」
とS先生。

約1時間の後、Amiをなんとか説得して帰った。
バスを乗り継ぎ、片道1時間はキツく、次回の予約はしたものの、気の進まぬ思いだった。

ところが翌日。
「お母さん、ウンチ」
と言いながら、Amiは私をトイレに連れていった。
そして、
「トイレでできるよ」
と言って、便器に腰掛け、見事、成功!

思いきり誉めたけど、本人はキョトン。

その夜から、寝るときのオムツも、布パンツに変更。
あっけないほどに、すんなりオムツがとれた。
10日もすると、オムツでウンチをしていたなんて忘れてしまったAmi。
「赤ちゃんはね、オムツでウンチをするんだよ」
はぁ?この間までは、赤ちゃんだったわけ?と言いたいのを堪えて、
「そうだね。Amiはもう赤ちゃんじゃないね」
と言っておいた。

このオムツ外れで、また義母にムカついた。
週に2,3回は電話をするので、もちろん報告したのだが、
「『今まであなたが気にすると思って言わなかったけど』心配してたのよ」
と言うのだ。言わなかったって?気にすると思って?電話の度に、
「ウンチはどう?」
って、聞いてたのは、何?
「オムツがなかなか外れないね」
とハッキリ言わなければ、気にしないと思うんだ……
(-_-;)
思えば、歩いたときもそうだった。
Amiは歩くのが遅かった。
1歳4ヶ月と28日目に初めて保育園で2,3歩歩いた。
その報告をしたときも、同じことを言った。
「あなたが気にすると思って言わなかったけど、心配してたのよ」
1歳前後から、毎日のように電話してきて、ついでのように装ったつもりの様子で、
「歩いた?大丈夫よ、小学生になって這ってる子はいないから」
と言っていたのに。
こういう言動が、母親を追い詰めると知りつつ、自分ではしていないと思い込んで、それでも責めるって……。

この人はこういう人と思うしかないんだな、と思いつつ、未だに傷つけられる私も問題だけど。

そんな劇的な効果があれば、不信感は何のその。続けてみるしかない。私自身の思い違いで、S先生が正しいのかもしれない。老齢とはいえそこはプロ。

そんな風に思って、月に一度、通うようになった。

次のカウンセリングのとき、オムツ外れのことを話したら、Amiが遊戯療法で何か変わったわけではなく、お母さんの接し方が変わったのだと言われた。
でも、前回のカウンセリングでは、私は自分のことしか話していないし、Amiへの接し方も、自分では何も変わったとは思えない。前々回、私だけが話したときには変わらず、前回、本人への遊戯療法が行われてからの変化だったのに、それはおかしな理屈だと思った。
今だったら、せっかく釣り上げた稼ぎ口を逃すまいという魂胆だったように思うのだけど。遊戯療法だけだと、H先生からのマージンだけが収入で、カウンセリングがつけば、自分の分も入る。
考えたくないけど、バブル期に建てられた分譲マンションの角部屋2つを維持し、別に自宅もあるようだから、その考えも外れてはいないように思う。

やはり通う度に、違和感が募るのだった。
posted by プルーン at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床心理士 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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