2012年02月28日

2月28日、初訓練(療育センターにて)

思った以上に初めての訓練が厳しくて、私のほうがショックを受けて、なかなか書けずにいた。

担当の言語聴覚士さんの言葉によると、
「嫌なことでも、決められたことはある程度できるようにする」
のが、大きな目標らしい。
「勝手気ままが通用するところはどこにもない」
「今は、力で抑えられるけど、大きくなったらそうもいかないから、今の
うちに自分で抑えることを覚えてもらう」
とも。

う〜ん。
Amiは、私が側にいなければ、大抵のことはやるんだよな、今は。
保育園では、勝手気ままどころか、自分を抑えすぎているくらい。ここで先生との駆け引きで、自分の気持ちを言葉で説明する訓練にもなる、ということかな?
大人の都合で、Amiを型にはめて扱いやすくしようとするのとは、違うのかな。ここで挫折感ばかり味わって、心が折れちゃわないかな。個性まで潰れないかな。
これが、今回の疑問。

そんな疑問を持ったまま、記述する報告です。

初日ということで、30代と見られる、まぁベテランぽい言語聴覚士S先生と、若いT先生が療育に当たり、その様子を見て、次回からはどちらか片方が担当してくださるとのことだった。結論はS先生。あれだけ暴れればね……。若い先生じゃ、太刀打ちできないよ。

まず、指導する個室に入るところで一悶着。明るく開放的な雰囲気ではあるけれど、4畳半ほどのスペース。
スリッパを脱いだときに、
「Ami、スリッパを揃えて」
と私が言うと、
「お母さん、やって〜」
とAmi。
私がやろうとするが早いかいなか、早速、S先生、指導開始。
「Amiちゃん、自分でやろうね」
「嫌だ。お母さん」
とAmi。
「お母さん、中に入っちゃってください。そこの青い椅子にかけてください」
と、戸口のある壁に沿って置かれた椅子をS先生に勧められて座る。
しばらくS先生とAmiは駆け引きしていたが、Amiが折れて、スリッパを揃えて入室。
S先生が、
「できたじゃん」
と誉めてくれる声も耳に入らず、不貞腐れるAmi。もう、この時点で、Amiの気持ちは反抗モードにスイッチオン。

S先生「じゃあ、Amiちゃん、机の前にある椅子に座ってください」
Ami「お母さんがいい」
S先生「お母さんは、お母さんの椅子に座ります。AmiちゃんはAmiちゃんの椅子に一人で座ります」
Ami「お母さんがいい〜!」
号泣&叫ぶ。

S先生に何度も促されて、Amiはもう癇癪が止まらない。床にそっくり返って、足をバタバタ、床を背中で這いまわって移動……。
ギャーギャー、ワーワー。
「椅子に一人で座るの嫌だ〜!お母さんがいい〜!!」

S先生は更に促しながら、ホワイトボードに今日の予定を書いていく。
「Ami
ちゃいろのいすにすわります
おかあさん
あおいろのいすにすわります

1. はめ込みパズル(パズルの写真を磁石で貼る)
2. 動物パズル(パズルの写真を磁石で貼る)
3. 何かのパズル(パズルの写真を磁石で貼る)
4. さようなら」
「今日は、これだけやるからね。全部できたら、帰れるよ」

聞いちゃいない。
結局、1時間以上、泣き喚き続け、S先生に逆らい続けた。
最後までほとんど譲らなかったS先生だけれど、もう時間的にも、Amiの精神的にも限界との判断だと思うけど、矯めつ眇めつ、1つめのパズル(2歳くらいの子がする木版をくり抜いた、動物や物の絵の形を当てはめていくもの……。12個くらいあったかな…)の3つを、なんとか私の手をクレーンのようにして、はめたところで終了。

「今日は3個、できたね。次は3月7日に来ます」

そして上着を着るとなると、もうAmiはケロッとして、笑顔も見せる。
長かった……。
帰りの挨拶もできないので、またそこでちょっと揉めかけたけど、そこはS先生、譲ってくれて、すんなり帰らせてもらえた。

すっごく疲れた……。

癇癪の間、ボチボチ、現在の家での状況などを聞かれた。

「こういうパニックにならないように、Amiちゃんの要求をそのまま飲んじゃったりすることはないですか?」

「私は決めたことは譲らないように気をつけてるんですが、夫がそういうところが多くて困っていました。でも、A先生に診断を受けて説明を伺ってから、『もうしない』と言ってくれています」
と答えたけど。
基本的には「ダメなものはダメ」なのが私のスタンスだった。障害だなんてわからなかったから、力づくで拒否してきた。私だって、いつもいつも突っぱね切れるもんじゃないから、「ときには」折れて、要求を飲むこともある。でも、そう正直には答えられなかった。そう答えたら、「いつも折れている」ととられかねない様子だったから。

ぶれちゃいけないのはわかるけど、私も生身の人間だし、先生と違って、時間が 来れば終わりではない。完璧にできるわけがない。方針がわかっていて、目指していればいいと、今は思っている。

でも、あの日は、なんだか親としての至らなさを責められたように感じた。
哀しかった。

ツィッターで臨床心理士さんが言っていた。
「発達障害時の親は、完璧な療育を目指す傾向が強い。それが子の負担になって、よくない結果に至ることもある」
「ありのままの本人を認めることも、大事にしないといけないですね」
とリプライしたら、お気に入り登録してくださった。
そういう考え方でOK、という意味だと解釈した。

親って難しい。

子に障害があってもなくても。
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2012年02月27日

ディズニーリゾート帰りの悪夢(2010年)

夫はよく、私には責任が全くないところで、私に怒ったり、怒鳴ったりする。 基本的に普段は穏やかで優しい人で、家の中で普通に過ごしていれば、 そういうことは多くない。主に外出先で、それは起こる。そして多くの場合、 その数分後には、自分が怒ったり怒鳴ったりしたことは、すっかり忘れてしまう。

今まで、そういうことは多々あり、Amiが生まれてからは、言い返して喧嘩に 発展するのが嫌で、私が黙るしかないこともあり、家にいてもAmiへの対応が うまくいかないときも同様の状況になることが多く、この5年以上、ストレスが たまる一方だった。

でも、夫をアスペルガー症候群であると勝手に認定してみると、そうしたことの ほとんどが、「予想したことと違う状況、自分の思い取りにいかないとき」の パニック、と考えると、あっさり説明がつく。

今まで、夫が自分の行動で引き起こした、よくない状況に、怒りまくり、罵詈雑言を吐いていたのは、「私に対してではない」と、頭では理解できるようになった。だからといって、いつも我慢できるわけではないけれど。

前置きが長くなった。

典型的な事件について、書いておきたいと思う。
このときは、私はまだ、発達障害についても、アスペルガーについても、ほとんど知識がなかった。Amiが発達障害である可能性は、開業のお婆ちゃん臨床心理士さんから否定されていた。

2010年10月の終わり頃。娘と、オムツが取れたら新幹線に乗るという約束を していて、どこがいいかと考えるうち、おむつ外れの7月から秋になってしまった。娘が急に「にずにーらんど!」と言い出したので、旅行は久々、 しかも子連れは初めてということで、贅沢にオフィシャルホテルのサンルートに2泊することにした。

滞在中は、楽しいことも多かったのだけれど、夫の悪い癖が連続炸裂で、 私はヘトヘトだった。穏やかな例でも、例えば、一つのアトラクションから出ると、次にどこへ行くかもわからずに、思いついた方に勝手に歩いていってしまうのが夫。それで困ることになるとは想像もできない。

今思えば、何もかも、アスペルガー的、行動だった。

ちなみに、夫も娘も、人混みは平気。むしろ好んで人混みに行くような気さえする。 どちらかと言えば、私の方が人混みを避けたいくらい。

一日目はディズニーシー、二日目はディズニーランドを楽しんで、三日目は、東京のどこかへ寄りたいという夫を説き伏せて、正午のチェックアウトまでホテルでゆっくりして真っ直ぐ帰る予定を組んで正解だった。

夫も娘も午前中は爆睡。私一人で、全員分のお土産をホテルのオフィシャルショップで 買い揃えた。

そして、目覚めた夫に、その日の帰り道について、あらかじめ提案した。
雨が降っていたから、自宅に最寄りの、各駅しか止まらない駅に止めた自転車では帰れない。そこではタクシーも呼ばないと来ないから、快速で一つ先のターミナル駅 まで電車に乗っていって、そこからタクシーにしようと。

各駅しか止まらない駅は各駅で名古屋駅から一駅(1分くらい)。ターミナル駅は 快速で一駅(2,3分)。出発ホームは同じ。あらかじめ言っておかないと、夫は何も 考えずに勝手に各駅停車駅へ行き、「タクシーがいないじゃん!」と怒ってイライラ するか、名古屋駅のホームで、慌てて「どうする?どうする?」と慌ててパニクるかどっちかだということは、わかりきっていたから。Amiもいるんじゃ、今までのよう に頭ごなしに、「こっちに決まってるでしょ、いいから、こっち!」と引っ張るのも 考えものだし、前もって言っておけば大丈夫だろと、思ったわけ。

ホテルをチェックアウトし、昼食を取り、新幹線に乗った。あと20分くらいというところで、Amiが急に、
「おうちへ帰ったら、フレッシュプリキュアをレンタルしに行きたい!」
と駄々をコネだし、半分癇癪状態に。宥めても当然無駄。夫は例によって火に油を注ぐ。

Amiが駄々こね状態のまま、名古屋で降り、ホームを移動。私はAmiを宥めるのに精一杯で、うっかりポップコーンのケースを階段に落としてしまった。

すると、夫がものすごい剣幕で怒り始め、私が世界一迂闊な人間で、スパイが敵に見つかるほどのヘマでもしでかしたように罵った。

そんな中、ホームに到着したそこへ。各駅停車の電車も到着。

夫はなぜか焦りまくり、
「来たよ、どうする?どうする?(怒)」
と、いつもの癖の怒って怒鳴るを始めた。

あらかじめ、快速に乗ると話して納得していると思い込んでいる私には、夫が 何に焦っているかわからなかったし、Amiもまだグズって「フレッシュプリキュア、フレッシュプリキュア!」とギャーギャー言う中、 どうしてそんなに怒鳴られたり怒られたりするのか、わからなかった。

そこでとりあえず 各駅に乗っても、発車が快速より後になって、一駅余分に止まるだけで同じ駅には着くのだけど、停車時間と乗車1分の間に説得する自信もなく、結局各駅で降りたら、またタクシー問題で、責められるかと思うと、どうせ責められるのが同じなら、効率のよい元のプランにしたかった。

なんとか、ターミナル駅に着いたはいいけど、今度はタクシー乗り場について大揉め。夫は地理感覚というものがまるでないので、二つあるタクシー乗り場の、家まではかなり遠くなる乗り場一つしかないと、またまた怒りながら主張。

怒るから私も譲れなくなり、喧嘩する夫婦が駄々をこねる幼児を引きずるという惨めな姿でタクシーに乗る。今度は私の番、とばかり、またAmiが
「フレッシュプリキュア、フレッシュプリキュア〜」
と喚く。夫はまだブツブツ文句を言い 続ける、という悪夢の展開。

癇癪を起こした娘を宥めずに、同時に別々のことで癇癪起こしてどうすんねん!

もう、私は泣けてきて泣けてきて、家に入なり、寝室に入って、ドアを背中で止めて籠って、オイオイ泣いた。そこへ、追い討ちをかけた夫の言葉。
「いい加減にしろよ!出てこい!Amiはどうする?それでも母親か!」
頭に来て、娘だけ中に入れて、二人でわんわん泣いた。

楽しい旅行の思い出が、散々な結末を迎えることになった。

この事は、私は生涯忘れることはないと思う。
しかし、夫はケロッと忘れている。

「ディズニーランド?なんかあった?」
である。

アスペルガーとすれば、これは全部、想定外によるパニック。 ホームに到着した瞬間、ちょうど、いつも乗る各駅停車が来てしまった。打ち合わせたことは、その瞬間に頭から削除され、どうしよう、どうしようで頭が一杯になっちゃった。

そういうときに、固まるか、ただ従うタイプだったらよかったのに。爆発しちゃうタイプなんだよね。

これは、ある意味大きくて比較的分かりやすい事件の一つに過ぎず、幼児(しかもアスペの)を抱えた夫婦には、イレギュラーなんて日常茶飯事。

そして夫はお出掛け好き。更に方向音痴の運転下手。私は今は服薬のために運転ができないけど、元は運転が好きで方向感覚抜群で地図読みが得意。それなのに夫は私の意見を聞かず、勝手に迷い、怒る。路駐が多いと怒り、道幅が狭いと怒り、道が湾曲して方向が変わると言って怒る。私はしょっちゅう夫の罵声を 浴びて生きている。

さて。どうしたもんか?
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2012年02月26日

夫もアスベルガー症候群?

かなり前、「片付けられない女たち」という本が流行ったとき、自分がADHDや、大人の発達障害なのかもしれないと思ったこともあって、発達障害については、妊娠前から、わりと知識があった。

片づけられない女たち [単行本] / サリ ソルデン (著); ニキ リンコ (翻訳); WAVE出版 (刊)

それもあって、娘のAmiの言動にも疑問を持ったわけだけれど、はっきりアスペルガー症候群に的を絞って勉強すると、新しい発見がたくさんあった。

その一つが、夫もアスペルガー症候群である可能性があるということ。

夫婦二人で過ごして14年余り。二人だけというのは実に気楽なもので、夫の行動が多少、変わっていても、合わせられることは合わせ、合わなければ別行動、もしくは私が一方的に怒りまくっておしまい、で済んでいて、まるで気づかなかった。

それが、妊娠、出産となると、どうしても二人で歩調を合わせたくなるものだし、そうするのが当然だと私は思っていた。でも、夫はそうは思わなかったようだ。自分の生活パターンは一切、変えることはなく、自分の思い込みに従った娘への接し方をし続け、生活パターンを無視し、私を混乱させた。

混乱した私は、夫を責めるし、責められた夫は自覚がないので、逆ギレしまくり。ついこの間まで、私はもうこの夫とはやっていけない、何年かけても自活の道を開き、離婚するしかないと
腹を括りかけていた。

ところが、Amiがアスペルガー症候群の診断を受け、関連書籍を読み漁るうち、まだハッキリとした困難が少ない娘よりも、夫に当てはまることが多いのにビックリ。

そのうちに出会ったのが、
「旦那さんはアスペルガー」
という漫画だった。

旦那さんはアスペルガー [ 野波ツナ ]旦那さんはアスペルガー(ウチのパパってなんかヘン!?) [ 野波ツナ ]旦那さんはアスペルガー(しあわせのさがし方) [ 野波ツナ ]


結婚してから、夫がアスペルガーとわかった著者、野波ツナさんが、夫の行動について書いたもの。この夫は受動型と抑制型の混合なので、細部ではいろいろ違うところがあるけれど、大枠では同じ。

解説している医師のコメントに、絶望を感じた。

「本人が困っていない限り、診断名もつかないし、どうすることもできない」

その次に出会ったのが、オーストラリア人男性と結婚したスイス女性カトリンの手記だった。文化的背景は違うのに、この女性が直面している困難は、私の困難にとても近かった。
「一緒にいてもひとり」
一緒にいてもひとり [ カトリン・ベントリー ]

この本に出てくる夫は、35歳でセミリタイアできるほどの資産を稼ぐほど優秀だということ、本人も困難を感じているほど障害が重いことは、我が家とは違ったけれど、パターンは似ている。

というわけで、この本に書いてある、カトリンという女性が夫との生活を円滑にするための工夫を、私なりに取り入れてみた。先のツナさんの対処法(続編も含めて)も取り混ぜて。

すると、今までは繋がらなかった会話が繋がったり、夫がキレることが目に見えて減った。

ということは、やはり夫はアスペルガー症候群だということを前提にして接するほうがよいという結論になる。それ以来、ずっとその方法で切り抜けているし、夫も否定しながらも、思うところがあるのか、これ見よがしにテーブルの上に置いておいた「旦那さんは〜」もチラッとは読んだらしく、歩み寄る姿勢が感じられなくもない。

それでも、この方法は、私の方がほぼ一方的に自分の素直な感情を抑えなければならないし、娘への接し方も夫には問題ありありなので、いつまで続くかはわからない。

できれば、夫にも認識してもらって、本格的に対処してほしいと心から願う。
posted by プルーン at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 大人のアスベルガー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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